序文とあとがきの人のブログ

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分配法則から広がる「負×負=正」の話

小学生に分配法則がなぜ成り立つのか直観的に教えた時の写真が見つかったのと, 最近Twitterで「負×負=正」について話題になっていて, 言いたいことがあるのでそれを書く. 以下では厳密に数を定義する話は省略しているため, 完全に厳密な証明, そして一般論に従った証明はしない. その代わり直観的なわかりやすさを重視する. しかし正当化は厳密に数を定義すれば(それが一般人には難しいだろうけど)容易である.


まず, 負の数と負の数を掛けたら正の数になることを証明するには, 既成の数学では, これから説明するように, 0に負の数を掛けても0になることが言えないといけない. しかし実はこれは初等教育では検定教科書や学習参考書を含めて誰も教えてくれない. せいぜい「正の分数と0を掛けたら0になる」「0と0を掛けたら0になる」ことしかわかっていない. 突き詰めて言うと, 負の数と0の掛け算すら定義されていない. 小学校までは, 正の分数の四則演算と, これらのことしかわかっていない. それでも中学校ではいきなり負の数と0の掛け算が前置きもなく現れる. しかしここでは, 話を簡単にするため, 厳密な理論で正当化される「負の数と0の掛け算」は定まっている物と仮定する. また, 負の数と負の数を掛けたら正の数になることを示すには, (−1)×(−1)=1だけ示せればいいと言う人も少なくないが, そのためには, 正の数a, bに対して

(−1)a=−a

{(−1)×(−1)}(a×b)=(−a)×(−b)

が言えなければならない. 上の式の左辺はaの(−1)倍であり, 右辺はa+(−a)=0を満たす数(−a)である. つまりマイナスについて, 左辺はaの(−1)倍として, 右辺はaの符号を反転させる物として, 左辺と右辺で定義が違うのである. (ベクトル空間の言葉で厳密に言うと, 左辺はベクトルaのスカラー(−1)倍, 右辺はベクトルaの逆ベクトルである. ) 左辺と右辺で異なるマイナスを同じaに作用させたら同じ結果になることは明らかではないし, ここで数学がわからなくなった(元)中学生もいるのではないか. しかしこれの証明は話が脱線するのでとりあえず後回しにする. 下の式は, 負の数と正の数が混在していても, 上の式が成り立つと仮定したら, 交換法則と結合法則が成り立つことに含まれているが, それも明らかではない. しかし厳密には数(より正確に言うと実数)とは正負に関係なく交換法則と結合法則を含むいくつかの性質(公理系)を満たす物として定義されるので(そのように定義しても他の定義と同等), これも証明なしに認めることにする.


0に負の数を掛けたら0になることを証明しよう. aを正の数とする.

0×(−a)=0×(−a)+0×a (0×正の数=0より)

=0×{(−a)+a)} (分配法則より)

=0×0 (−aの定義より)

=0 (0に0を掛けたら0になるのは既知)

ゆえに最左辺と最右辺より0×(−a)=0となる. (初等教育に沿った記事なので, あえて環論でよくある証明は書かなかった. )


これを用いて(−a)×(−b)=a×bを証明しよう.

{(−a)×(−b)}−(a×b) (左辺−右辺=0を示したい)

={(−a)×(−b)}+(−1)(a×b) (「上の式」より)

={(−a)×(−b)}+{(−a)×b} (「上の式」より)

=(−a)×{(−b)+b} (分配法則)

=(−a)×0 (−bの定義より)

=0 (先程示した等式より)

ゆえに最左辺と最右辺より

{(−a)×(−b)}−(a×b)=0

だから(−a)×(−b)=a×bとなる.


そして, 保留しておいた「上の式」を示そう. aを正の数とする.

(−1)a+a (足すと0になることを言いたい)

=(−1)a+1a (厳密には1の定義式1a=aより)

={(−1)+1)}a (分配法則より)

=0a

=0

ゆえに最左辺と最右辺より(−1)a+a=0, だから

(−1)a=−a

が言えた.


以上は, 自然数を厳密に定義し, そこから整数, 有理数, 実数を順々に構成するか, 実数を公理系により定義すれば正当化されるが, 直観的にはもう明らかであろう.


なお, 負の数と負の数を掛けたら正の数になることを示すには

−(−a)=a

が示せればいいと言う人もいるが, これはaの逆ベクトルの逆ベクトルはもとのaという意味であり, つまり掛け算の話ではなく, 符号の反転の反転はもとに戻るという話だから, 根本的に意味が違う.


数学は誰でもわかる物ではない. 初等教育では色々と不充分である. これからも気が向いたら初等教育と専門の数学の間の断崖絶壁に階段を掛けてゆきたい.