序文とあとがきの人のブログ

画像はスマホでは拡大できます。記事の題名の下にあるタグをクリックまたはタップすると記事を細かく分類したページに移動します。最近は数学を語ることもあります。

√2は実数か?

√2はもしかしたら虚数かもしれないという話ではなく, そもそも実数として存在するのかという話である.
 
「√2は無理数である」は冗長には「√2は実数であり, 特に√2は無理数である」と言える. では√2は本当に実数なのだろうか?
 

高校数学では, 有理数が, 有限小数か循環節のある無限小数であることに言及した上で, 無理数を循環しない無限小数であることを定理または定義として述べる. (多くは定理とするようである. 復習:

https://pdem.hatenadiary.com/entry/2022/07/15/231042 . ) そして無理数の典型例として√2や√3やπを挙げる. しかし, そもそもこれらは実数として存在するのだろうか.
 
aが正の実数であるとき√aが実数として存在することは, 私が知る限り高校数学ではこの証明がある.
 
xの関数f(x)を
f(x)=x^2 − a (0≦x≦a+1)
と定義すると, 
f(0)=−a<0,
f(a+1)=(a+1)^2 − a =a^2 +a +1>0
かつxy平面上でy=f(x)のグラフは下に凸の放物線の一部だから, このグラフはx軸を1回だけ横切る. その点のx座標は, 方程式
f(x)=0 (0<x<a+1)
の解, すなわち
x^2 − a =0 (0<x<a+1)
の解だから√aである, だから√aは存在する, という物である. (ここで, 0<a<1だと, a^2はaより小さくなる(例えばa=0.1ならa^2 =0.01)から, f(x)の定義域を工夫した. )
 
高校数学の範囲ではこれで充分であろう. しかしグラフによる議論は, 数学的には厳密ではない. 厳密にするには数学ⅠAの範囲を超えて数学Ⅲの中間値の定理が必要だが, 中間値の定理は高校数学では証明ができない(※). 私の個人的感想に過ぎないが, 私はそこが納得できない. ゆえに普通の厳密な数学の立場から論じたい.
 
以前, 実数の公理的定義を紹介した
(https://pdem.hatenadiary.com/entry/2021/08/01/170805). (公理的定義を満たす集合Rの構成は例えば有理数全体の集合Qの完備化がある). そこでは連続性公理だけはきちんと書かなかった. 今回はそれを説明しようと思う. それを使えば√2が実数であることの証明の流れはすぐにわかる.
 
実数全体の集合を上の記事に合わせてRとする. 空集合でない部分集合A⊂Rの上界とは, 
∀x∈A, x≦a
が成り立つa∈Rのことである. 上界を持つ集合Aは上に有界であるという. Aに上界があるとは, 直観的に言うと, Rを数直線と同一視した時, Aの「右方向の限界」がRの中にあることである. aがAの上界ならばb≧aとなるbも∀x∈A, x≦bを満たすからAの上界である. Aの上界のうち最小の物, すなわち
∀x∈A, x≦a 
かつ ∀b∈R, b<a ⇒ ∃x∈A, b<x (すなわちx>b)
となるaをAの上限(supremum)と言いsup(A)で表す. ふたつ目の条件はaより小さな実数bはAの上界ではないという意味である. (aがAの最小の上界であればaより小さなAの上界は存在しないので. ) 直観的に言うとAにsup(A)が存在することはAに「右端の点」があることである. ただ, 右端がAに属しても属さなくてもよい. 
 
実数の連続性公理は, 上に有界空集合でないRの部分集合Aにはsup(A)が存在する, という物である(か, もしくはこれと同値な命題である).
 
例えば有理数から成る数直線Qの部分集合
{ x∈Q | 0<x^2≦2}
には上限は存在しない.「√2が切れ目」だからである.
 
もしsup(A)が存在すれば, それは一意的である. それは, 実数a, bが両方ともAの上限に等しければ, Rは全順序集合だから, a≠bとすると
a<b
または
b<a
が成り立つが, a<bならば上限の定義のふたつ目の条件によりa<x∈Aとなるxが存在し, x≦aではないならaがAの上界であることに反する. ゆえにa=sup(A)であることに反する. b<aでも上限の定義のふたつ目の条件によりb<x∈Aとなるxが存在し, x≦bではないからbがAの上界であることに反し, ゆえにb=sup(A)に反する. したがってAにsup(A)が存在すればsup(A)は一意的である.
 
ここまで準備ができればもう√2の厳密な存在証明は次の流れにより行える.
「Rの空集合でない部分集合が上に有界ならばその上限が一意的に存在する. ゆえに
a=sup({ x∈R | x>0, x^2≦2})
とするとaは√2の定義に従う:
a∈Rかつa>0かつa^2 =2,
すなわち
√2=sup({ x∈R | x>0, x^2≦2}) となることが知られている. 」
 
sup({ x∈R | x>0, x^2≦2}) は
sup({ x∈R | x>0, x^2<2})としてもよい. )
 
※ 実数の連続性公理を, 上限の存在ではなく中間値の定理とすることができる. これらは同値だからである. すると, √aの存在証明も厳密に言い直せる. しかし解析学の論理展開として, 中間値の定理を実数の連続性公理とするのは, 数学的には正しいが, 初学者には奇抜な印象を与えるであろう.