序文とあとがきの人のブログ

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溝畑「偏微分方程式論」について

和書では数が少ない偏微分方程式「論」の本である. (私も含めて)難解という方も多いけれど, 話の流れとしては入門書である.

様々な偏微分方程式の可解性の理論(解の存在・一意性・連続性や微分可能性・初期値の連続的な変動に対する解の変動の連続性・境界値問題)を和書で最も詳しく述べている. 内容が豊富であり貴重である.

定数係数線型偏微分作用素に対する基本解の存在証明がある. 楕円型とする仮定を課しているが, ヘルマンダーの(上手く極を避ける)方法を短く簡潔にまとめて示している. 楕円型の場合に持つ, 原点の外でC^∞なことまで証明している和書は他に見当たらない.

偏微分方程式論において重要な役割を果たすとされる(「ベクトル値」・球対称)関数と超関数のラプラス変換にも, 本書では殆んど用いないと前置きしてから, 簡単にした紹介のような説明がある. これも貴重なのだが, 私には, 物理学と工学で, 「計算により微分方程式が代数方程式になり, その代数方程式の解を逆変換すると, 本の微分方程式の解が得られる」ことが利用されていることを, その具体例を何冊かの本で見たり読んだりした程度の知識と経験しかなかった. 発展方程式の章で, 解を発見的に得る方法と半群理論が並行して適用されていることで, 偏微分方程式論での有用性を知ることができた.

L^2空間と, L^2空間を素体とするソボレフ空間が主体であり母体でもある. L^2空間はヒルベルト空間だから, 様々な超関数をリースの表現定理を用いて具体的に表示しているのは個性的だと思う. そしてヒルベルト空間における偏微分方程式の解の存在証明はリースの表現定理と超関数論が根幹にあることが(第1章でフーリエ解析を, 第2章で関数空間論と超関数論を準備しているから)第3章の早い段階でよく分かる. 井川「偏微分方程式論入門」も, ソボレフ空間の節で, それを参考にしたと思われる定理がある. (井川氏の本は後述する写像の記法については本書と比べて集合論的にも好ましい表記になっている. )

第2章では, 種々の関数空間と, それに呼応する様々な超関数の空間の, 位相構造と包含関係を精密に述べて, 論理展開を潤沢にしている. そのために必要な, 実解析と関数解析は, 初学者に配慮して, 論理展開で必要になり関数解析から引用している定義と定理は, 他書なら既知とされることがあるものを含めて, 殆んど至る所に(証明込みで)補充してある. 関数解析で扱われることが少なくなった(線型作用素が生成する)半群も含めて, 新しい概念を自然に入れて, または, 新しく入れた概念の背景を欠かさず書いてある. 超関数と超関数のフーリエ変換の導入を自然に書いている和書は他に「物理数学入門」しかないと思う. 述べて終わりにすることは少なくて内容の補足などの注意書きがある場合が多い. 内容も同値な言い換えをできるだけ説明している. 証明については技巧的なものを選ばなかったそうだ. 確かに天下り的なものはかなり少ない. そういった意味では読みやすい.

実解析, 関数解析, 位相空間論に慣れていれば, 難解であることすら楽しく読めると思う.

連立1次代数方程式の無限次元版と言える, リース-シャウダーの交代定理(リース-シャウダーの択一定理)と, 発展方程式の適切性の章にある, 半群理論の根幹を担うヒレ-吉田の定理は, どちらも言葉と式の形が実に美しい.

半群については, 準有界な(C_0)半群を最初から半群としているのだが, ラプラス変換による解の表示という発見的な解法を, 短く簡明に紹介してからの接続として, 自然な仮定であり, 論理を円滑にしている. そして本書に有るヒレ-吉田の定理は, (C_0)半群から定義域が稠密な閉作用素が生成され, そのレゾルベントの評価式も結論として得られることの逆, 定義域が稠密な閉作用素が適当な定数から成る(実に美しい)レゾルベントの評価式を持つことから, 準有界な(C_0)-半群が生成されること(同値性のうちこちら)を保証している. すなわち, 始めに準有界なことも込めて半群を定義しても, 抽象発展方程式の解の存在を示す準備が終わる時には, 結論となることを意味する. この上手い論法に感動した. その次には解析的半群の話が始まる. もはや半群の入門と応用を同時に学べる関数解析の本であると考えられる.

リース-シャウダーの交代定理については, ヒルベルト空間における簡易版(完全連続な作用素のレゾルベントから成る方程式の一意性と可解性の同値性)であるフレッドホルムの交代定理が, 前世紀(19世紀)から予想され, フレッドホルムの積分方程式論により大要の仕組みが明確になり, リースによりエルミート作用素ではなくとも完全連続な作用素ならば成り立つことが示さた, という紹介がある. この部分だけでもかなり面白そうに感じさせられる. その後に, ヒルベルト空間の枠組みで証明している. 実にすばらしい.

やはり関数解析が如何に応用されているか実感を持てる, という意味で関数解析の入門書あるいは副読本としても活用できると考えている.

後書きにも興味深いことが参考文献の紹介を交えて書かれてある. 例えば(3変数で, 第1項の係数を i^2 と書いて第3項の係数の i をかっこの中に入れてかっこの中を y−ix の形にすると覚えやすい)定数係数線型偏微分方程式で解を持たない例を明確に挙げている本は少ない. 偏微分方程式論の発端のナヴィエ‐ストークス方程式ついても触れて, 当時から藤田や加藤が作用素論により大活躍しているのが分かる. 波動方程式相対性理論の範囲で捉えたクライン-ゴルドン方程式の初期値問題にも言及している. ここで書かれてあるクライン-ゴルドン方程式は物理学におけるものと同じ形である.

単体では読めない「非線型発展方程式の実解析的方法」を読むにも非常に参考になった.

内容の理解に差し支えないと思うが, 適材適所で(例えば各種の超関数の表現定理にあるような)「超関数 T=…Σ…g(x) 」「関数 f(x) 」「試験関数 φ(ξ) 」という表現を「超関数 T(x)=…Σ…g(x) 」「関数 f 」「試験関数 φ 」のように変数を表す文字を(固定していても固定していなくても)明示するかしないか区別するほうが集合論代数学の観点からは好ましいだろう. 私は書き換えた表現が正しい表現だと考えている. (
u(x)∈(D_(L^2)^m)(Ω) ⇒ u∈(D_(L^2)^m)(Ω);
|| f(x) || ⇒ || f || ;
〈 f(x), φ 〉⇒〈 f, φ 〉(or=〈 f(x), φ(x) 〉) ; 
〈 Ff, φ(ξ) 〉⇒〈 Ff(ξ), φ(ξ) 〉
(or=〈 Ff, φ 〉), など. )

与えられた関数の変数, 例えば x について作用させる時は T(x) または T(・, x) のように書いて, 変数を表す文字を固定しないときは T , T(・) , とするのが, 写像の等式として適切な表示だと思う. (x, ξ, t, など)変数が明示されている場合は, 然るべき集合に属する全ての点に対して, 値が等しいという恒等式とも解釈できる.

英訳もある. 日本の解析学を50年にわたり支え続けてきた. 記号や表記は古くても内容は古くない. 誤植も少ない. なぜかいつまでも読んでいたくなる. 数学愛好家のためにも, 日本の解析学のためにも, この本は復刊されて欲しい. 私が買ったときも青色の「待望の復刊」という帯が付いていた. 最後に版を重ねた2010年の2年後のことだった. 「わざと絶版にして, いっきに利益を上げたい時だけ復刊する」という技の餌食になってしまった・・・

なお放物型と双曲型の専門の本はある:「放物型発展方程式とその応用(上)可解性の理論」「線形双曲型偏微分方程式: ─初期値問題の適切性─」など. 楕円型方程式の専門の本は本屋では見ていないが, 関数解析またはそれを含む本(「新版 ルベーグ積分関数解析」など)に解説が記されていることがある.

(2017年2月24日最終推敲)