数学の応用分野では, 時間変数tと空間変数xの多変数関数が現れる. t∈ℝ(つまりただの実変数)のこともあればt>0やt≥0のこともある. そして空間変数xとはユークリッド空間ℝ^Nの変数である.
例えば, fを非斉次項または非線型項として,
熱方程式
∂u/∂t−△u=f,
i ∂u/∂t+△u=f,
ナビエ-ストークス方程式
∂u/∂t−△u=▽p−(u•▽)u+f
▽•u=0
が挙げられる. (超関数の意味での微分で▽pは消去できる. https://mathlog.info/articles/3433 参照. )
時間変数tと空間変数xの関数u(t, x)について, uを時間区間(ℝの区間)Iから関数空間(バナッハ空間などの線型位相空間)Xへの写像I∋t→u(t)∈Xとみなす. バナッハ空間とは完備なノルム空間である.
するとuについてバナッハ空間値の微分積分やバナッハ空間値の複素解析, そして関数解析が使える. つまり時間変数とはパラメータ変数(ただの実変数), 空間変数とはℝ^Nに属する変数である.
u自体が属する関数空間としては, 写像
I∋t→u(t)∈X
がXの位相で連続な空間C^0(I; X), Xの位相でC^1級な関数の空間C^1(I; X)などがある. Iが有界閉区間, Xがバナッハ空間ならこれらは
|| u || = sup{ ||u(t)|| : t∈I}
( || u || = sup{ ||u(t)||+||∂u/∂t|| : t∈I} )
で再びバナッハ空間となる. C(I; X)の要素のリーマン積分は通常と同じ方法で(絶対値をノルムに置き換えて)定義され, C^1(I; X)の要素のt∈Iについての微分も通常と同じ方法で定義される.
発展方程式(時間変数を含む偏微分方程式)は関数解析の方法で解の構成をすることができる. そのためには線型作用素の生成する連続半群(t∈[0, ∞)によって要素が連続的にパラメータ付けされた半群. 以下単に半群とも言う)が使われる.
線型作用素の生成する連続半群とは, 定数係数斉次(同次)線型連立常微分方程式の解の概念が根底にある. AをN×N定数行列とし, ℝ^N値未知関数の変数をt≥0とするとき, 行列の指数関数により,
du/dt+Au=0
の初期値u(0)∈ℝ^Nの解は
u(t)=(e^(−tA))u(0)
で与えられる. このAをバナッハ空間の間(A:V→V)の定義域D(A)がVで稠密な閉作用素(AのグラフがV×Vの閉集合)として, uをバナッハ空間V値関数, u(0)をバナッハ空間D(A)の元としても有界線型作用素の半群
{e^(−tA)}_(t≥0), e^(−tA):V→V
が生成されると
∂u/∂t+Au=0
の解uは
u(t)=(e^(−tA))u(0)
で与えられる. (半群の演算は作用素V→Vの合成とする. ) これを用いると, 外力項f(t)( もしくはuについての非線型項f(u(t)) )を持つ発展方程式
∂u/∂t+Au=f
( ∂u/∂t+Au=f(u) )
の解uは, 定数係数非斉次線型連立常微分方程式の解法と同様に
u(t)=(e^(−tA))u(0)
+∫_[0, t](e^(−(t−s)A))f(s)ds
( u(t)=(e^(−tA))u(0)
+∫_[0, t](e^(−(t−s)A))f(u(s))ds )
で与えられる(デュアメルの原理).
この積分方程式の一意解uを, 或るバナッハ空間Yにおいて縮小写像Φ:Y→Y,
Φ[u](t)=(e^(−tA))u(0)
+∫_[0, t](e^(−(t−s)A))f(u(s))ds
の不動点として構成するのが現代の発展方程式論の常套手段である. (Φの不動点uが存在すればΦ[u](t)=u(t)だから両辺をtで微分すればもとの方程式が得られる. ) なお多くの場合, この意味での解は超関数の意味での解になっている.
特に, 或る1≤p<∞を用いて
f(u(s))=|u(s)|^p
となっているとu(s)∈L^p(ℝ^N), またはソボレフ空間などのL^p(ℝ^N)の部分空間の要素, となるように選ぶ必要がある. ここにもL^p空間の重要性がある.
微分作用素A, 初期値u(0), 外力項fについて様々な仮定を置くことにより, 解が構成される. 例えば非斉次項f(t)を持つ
∂u/∂t+Au=f
について,
Xをバナッハ空間,
AがX上の解析的半群を生成し,
f∈C^θ([0, ∞); X) (0<θ<1, ヘルダー連続)
とすると, 任意のu(0)∈Xに対して一意解
u∈C([0, ∞); X)∩C( (0, ∞); D(A))∩C^1((0, ∞); X)
が存在する. Aが生成する半群が連続半群だとしか言えない場合は少なくともu(0)∈D(A)までしか言えずu(0)∈Xとは限らない.
一般には解の構成で有界閉区間Iは小さく取らなければならない. 例えばナビエ-ストークス方程式の, 半群と積分方程式による解の構成では時間局所解しか得られておらず, 時間大域的となるためには初期値のノルムが小さくなければならないことが知られている.
解析的半群より条件が緩い連続半群について, 私の大好きなヒレ-吉田の定理がある.
バナッハ空間X上の線型作用素Aが
|| e^(−tA) || ≤ Me^(−βt)
を或る実定数M≥1, βをもって満たす連続半群の生成作用素であるための必要充分条件は
(1) Aは定義域D(A)がXで稠密な閉作用素であり,
(2) 任意のλ>βはλ∈ρ(A)であり, 任意の自然数n≥0に対して
|| (λ−A)^(−n) || ≤ M(λ−β)^(−n)
が成り立つことである. ここで
ρ(A)はAのレゾルベント集合,
λ=λ id_X,
(λ−A)^(−n)は(λ−A)^(−1)のn回の合成である.
特にこの不等式
|| (λ−A)^(−n) || ≤ M(λ−β)^(−n)
の見た目がすごくきれいで美しいので, 私はヒレ-吉田の不等式と呼んでいる.
参考文献:
八木「放物型発展方程式とその応用(上) 可解性の理論」(岩波書店)
藤田-黒田-伊藤「関数解析」(同)
小川「非線型発展方程式の実解析的方法」(シュプリンガー・ジャパン)