数学における記号の簡略化 加筆版
数学では, 話者や読者の論理に高い厳密性が問われる. しかし, 数学において, 話者または読者の少なくとも一方がそれを破り, 表現を見やすく伝わりやすくすることがある.
例えば https://mathlog.info/articles/3433でも私がしたように, 関数を, 純粋な意味での集合から集合への写像f:A→Bとするのではなく, Aの任意の元xにBの元yが対応するときのy=f(x)と書かれる対応において, 対応fと従属変数yを同一視して, 関数をy=y(x)とすることである. 確かに正確ではないが, 具体例を扱うときや具体例に沿った論理展開をするときは便利であり, しかも厳密性は問題にならない. リンク先にあるように微分方程式の解法は厳密性を犠牲にしなければ説明しにくい.
また, 多様体の接空間においても, 接ベクトルとベクトル場を同じ記号で書くことがある. 例えば2次元多様体Mの点pにおける接空間(T_p)(M)は局所座標を(x, y)とするとき2つの接ベクトルから成る基底
{(∂/∂x)_p, (∂/∂y)_p}
を持つが, ここでも右下の添え字pを取って基底を
{∂/∂x, ∂/∂y}
と書くことがある. 余接空間(T_p)*(M)についても同様に, 基底を
{(dx)_p, (dy)_p}
と書く代わりに
{dx, dy}
と書くことがある. もちろんこれらはベクトル場や微分形式の正確な定義を既知とした上での表現である.
また, リーマン計量gを内積gということもある. これはリーマン計量gが各点q∈Mで定める内積g_qとgを意図的に混同しているのだが, これは突き詰めて言えば最初の例である.
微分幾何において多様体の接空間やリーマン計量は多様体それ自体と同じくらいよく出てくるのでそれに関する式もたくさん出てくるし, 高次元になればそれだけ右下の添え字pがたくさん必要だが, 後者の書き方をすると式が簡単になるのである. 例えば「2次元リーマン多様体Mの余接空間(T_p)*(M)にMのリーマン計量gから定まる内積をg'と書く」とあれば, これについて, Mの各点qに対して
(g'_q)((dx)_q, (dy)_q)
=(g_q)((∂/∂x)_q, (∂/∂y)_q)
という式を
g'(dx, dy)=g(∂/∂x, ∂/∂y)
と簡単に書ける上に本質が見やすい. (なお, 普通g'もgと書く. )
R/I
を考えることが多々ある. そこではRの加法単位元0のみから成るイデアル{0}を0と書く. これは
R/{0}=R
と同一視するからである. R/{0}の元はa∈Rを用いて{a}と表されるから(aとの差が0のRの元はaのみであるから[a]={a}である), もしこのように同一視しなければ, {a}とaは異なるから, 和と積を
{a}+{b}={a+b}
{a}{b}={ab}
と定義し直さないといけない. これは不便である. 加群と部分加群と剰余加群についても同様である.
数学の初学者には悩ましい習慣かもしれないが, 使い慣れたら便利である. それ以上の深い意味はないが…