序文とあとがきの人のブログ

画像はスマホでは拡大できます。記事の題名の下にあるタグをクリックまたはタップすると記事を細かく分類したページに移動します。最近は数学を語ることもあります。

「新訂版 数理解析学概論」のAmazonレビューに関して

今日を最後にAmazonレビューのコメント機能が廃止されるので一部を書き換えた上で転記:

 

超関数Eと台がコンパクトな超関数fの合成積 E*f∈D' は任意のφ∈Dに対して
〈E*f, φ〉=〈E(x),〈f(y), φ(x+y)〉〉
により定義されている.〈f(y), φ(x+y)〉がxの関数として∈Dだからである(※4). なお‪φ∈Dの変数をxとするときφ(x)に超関数f∈D'を作用させる( φ→f(φ) =〈f, φ〉を求める)ときはfをf(x)と書き〈f, φ〉を〈f(x), φ(x)〉と書く‬. 局所可積分関数とその関数が一意に定める超関数の同一視により, E∈L^p(1≦p≦∞)かつf∈C^∞の台がコンパクトなときxをx−yに置き換え, ヘルダーの不等式とフビニの定理とルベーグ測度の平行移動不変性を用いると, 任意のφ∈Dに対して
∫(E*f)(x)φ(x)dx=∫(∫E(x−y)f(y)dy)φ(x)dx
が得られ変分法の基本補題よりE*fは通常の合成積
(E*f)(x)=∫E(x−y)f(y)dyとなる.
E∈D' かつ f∈Dの場合はC^∞級関数として
(E*f)(x) =〈E(y), f(x−y)〉
により定義されている. やはりE∈L^pであれば
(E*f)(x)=∫E(y)f(x−y)dy=∫E(x−y)f(y)dyとなる. 

 

(※4)超関数fの台の定義を本文と異なる形で書くと, B(x, ε)を点x∈R^nのε近傍(中心x半径rの開球)として
supp(f)={ x | ∀ε>0, ∃φ:試験関数, suppφ⊂B(x, ε) ⇒〈f, φ〉≠0 }.
(supp(f))^c={ x | ∃ε>0, ∀φ:試験関数, suppφ⊂B(x, ε) ∧〈f, φ〉=0 }なので
(supp(f))^c=∪_(ε>0){ x |∀φ:試験関数, suppφ⊂B(x, ε) ∧〈f, φ〉=0 }
は「fが0となる点から成る最大の開集合」ゆえにfの台は「fが0でない点から成る最小の閉集合」である.

また〈f(y), φ(x+y)〉を (f(y), φ(x+y)) と書くことにすると

supp(f(y), φ(x+y)) ⊆ ∪_(x∈supp(φ))(x+supp(f))
でありsupp(f)とsupp(φ)はコンパクトだからsupp(f(y), φ(x+y))もコンパクトである.
さらに任意の多重指数αに対して
(D^α)(f(y), φ(x+y))=(D^α)(f, φ(x+・))=(-1)^|α|(f, (D^α)φ(x+・))
であるから(f(y), φ(x+y))はxの関数として台がコンパクトなC^∞級関数である.
そしてfはD(R^n)の位相で連続な線型汎関数であるから
φ_n→φ in D(R^n) ⇒ (f(y), (φ_n)(x+y))→(f(y), φ(x+y)) in D(R^n)
ゆえに(f(y), φ(x+y))=(f, φ(x+・))∈D(R^n)である.

「新訂版 数理解析学概論」についてはこちら:https://www.amazon.co.jp/%E7%B7%9A%E5%9E%8B%E4%BB%A3%E6%95%B0/dp/476870462X/ref=cm_cr_srp_mb_rvw_txt?ie=UTF8

リーマン予想などの数学の重要な未解決問題『ミレニアム懸賞問題』の入門記事

ここでは, 数学のミレニアム懸賞問題のうち3つを解説する.

 

  1. リーマン予想

これは解析接続されたリーマンゼータ関数についての予想である.

解析接続とは簡単に言うと, 複素変数の関数としての微分可能性を保ちながら定義域を拡大することである. 実変数の関数では例えば座標平面に限られた範囲で描かれた関数のグラフを滑らかに横に伸ばすことで微分可能なまま定義域を自由に拡大できる. しかし複素変数の関数では微分可能性は非常に厳しい条件であり, 自由に拡大することはできない.

 

ζ(s)Z(s)とは別物の関数で, ζ(s)は「自明な零点」として負の偶数を持つ. すなわちζ(s)は負の偶数で関数値が0になる. そして「自明でない零点」つまり負の偶数以外でζ(s)の値を0にする複素数sは全て

Re(s)1/2

を満たすであろう, というものがリーマン予想である.

 

現在ではこれが正しいことを示唆しているかのような結果がいくつも出ている. 例えば, リーマン予想を満たすようなζ(s)の自明でない零点sは無限個存在することが知られている(1変数なので可算でありリーマンの明示公式は意味を持つ). つまりリーマン予想sζ(s)の自明でない零点ならばRe(s)1/2」とは違うが「Re(s)1/2を満たすζ(s)の自明でない零点sは無限個存在する」のである.

 

たまにZ(s)ζ(s)を意図的に混同して

123−1/12

ということから解析接続を似非科学のように見たり意味のわからないことを言う人がいるが, 正しくは局所的なリーマンゼータ関数Z(s)と大域的なリーマンゼータ関数ζ(s)は別物なので,

123

ζ(−1)−1/12

である.

リーマン予想素粒子物理学と関係があるらしい.

 

2.ナビエ-トークス方程式の解の存在と滑らかさ

 

この方程式は流体力学の基礎となる非線型連立偏微分方程式である. u(t, x, y, z)(u_1(t, x, y, z), u_2(t, x, y, z), u_3(t, x, y, z))xyz空間の或る領域の点(x, y, z)と実数(時間)t0を変数とする空間ベクトルに値をとる関数(いわば流体の速度ベクトル), p(t, x, y, z)を定義域は同様の実数値関数(いわば流体に加わる圧力)とすると

∂u/∂t(u▽)u−△u▽p0

div(u)0

という連立方程式である. ただし数学ではスケール変換で物理定数の絶対値を全て1とするのでそれに従った. 外力を考慮することもある. これは非圧縮性粘性流体の運動方程式である.

∂u/∂t(u▽)u

が流体の流速を表す. u偏微分は各成分u_kごとに行うので, これは未知関数が314(uの3つの成分とp)の方程式である.「ナビエ-トークス方程式の解の存在と滑らかさ」は, 適当に初期値の属する関数空間と未知関数の属する関数空間を定めたとき, 任意の初期値に対して, 物理学的に意味のある解が存在するか, すなわち, ただ一つで, 何回でも微分可能で, 時間変数に制限がないが存在するかという問である. 実は大変都合が良いことに, uの存在が言えれば自動的にpの存在も言えることが知られている. これは超関数を使うとナビエ-トークス方程式を未知関数がuだけの方程式に書き換えられること(Mathlog参照), 或いは関数解析的方法により未知関数の属する関数空間をuの成す空間と▽pの成す空間の直和に分解でき射影作用素によりuだけの方程式に帰着できることによる.

 

難しい話が続いたが, 数学では解を持たない方程式や解が無数にある方程式はいくらでもある. 常微分方程式でも非線型方程式は初期値によって解の存否や一意性は異なってくる. 偏微分方程式については定数係数線型方程式でも解が存在しない例がある. そもそも非線型偏微分方程式では解を計算で求めることは殆んど不可能である. そこで解の存在が示せれば, その方程式を近似して解くことの論理的背景かつ近似した方程式の解の存在の保証となる. つまり非線型偏微分方程式を線型偏微分方程式で近似して計算などにより解を近似することが机上の空論ではなくなる. ここでは偏微分方程式ではなく簡単な非線型常微分方程式と中学数学程度の代数方程式で, 方程式の解の一意性が成り立たない例や解が存在しない例を説明しよう.

yx微分可能な実関数とする. 微分方程式

dy/dx2√y

の解yy(x)は変数分離法によりCを任意定数として

y(x)x^22CxC^2 (y0なのでx−C)

ここで初期条件y(0)0を満たす解は

y(x)x^2 (x0)

が得られるが, 他に変数分離法を使う前に排除した定数関数

y(x)0

があり, 初期値問題の解の一意性が成り立たない. また

x√y−C

であるから, 例えば初期条件y(0)−1を満たす解y(x)は存在しない. ゆえに初期条件によってはこの微分方程式は解も持たない. 以下, 微分を知らない人のために代数方程式で説明する. xyを未知数とする.

0x1

の解は存在しない. 仮に両辺を0で割ることができたとしてx1/0が数とする. 0にどんな数かけても0であるという定理があるので, x1/0を左辺に代入すると01となってしまい普通の数学に矛盾する.

0x0

の解xは無限に存在する. 連立方程式

2x3y4

4x6y8

の解も無数にある. この連立方程式については, 4x6y82x3y4と同じなので, tを実数として

(x, y)(t, (4−2t)/3)

の形の実数の組が全てこの連立方程式の解となるからである. これはxtとしてyについて解いて得られる. 図形的に言うとxy平面の2つの直線がたまたま一致し交点が無数にある状況である. また, 連立方程式

x5y6

x5y7

の解はxyについてどんなに数を拡張しても存在しない. 連立方程式は複数の方程式を「かつ」で結びつけたものだから, この連立方程式から「67」が得られるがこれはありえないからである. 図形的に言うとxy平面で2つの直線が平行であり交点が存在しない状況である.

 

話が逸れたが, 物理学では, 微分方程式の解は, 簡単に言うと「ただ一つ」で「微分可能」で「時間大域的」で「初期値の連続な変化に順応する」ようなものに物理学的意味がある. 短時間で値が発散する, すなわち「爆発」するナビエ-トークス方程式の解の存在も知られているが, 時間変数に制限の無い解の存在はまだ知られていない. ただ, 日本人数学者の藤田と加藤が, ほぼ解決に近い結果を出している.「藤田-加藤の強解」が時間大域的であることが証明されたら, このミレニアム懸賞問題も解決する. ナビエ-トークス方程式は人工血管や航空機や気象予測など流体が関わる多くの場面で使われている.

 

3.ヤン-ミルズ方程式の存在と質量ギャップ問題

 

これは主張に物理学が含まれるため完全な理解は私もできていない. しかしヤン-ミルズ方程式についてはやっと理解できたので, ヤン-ミルズ方程式についてだけ解説する.

まず微分形式というものを大雑把に説明する. 0微分形式とは関数である. 1変数x1微分形式はf(x)dxの形の式が一例である. 2変数(x, y)2微分形式はf(x, y)dxdyの形の式が一例である. 3変数(x, y, z)3微分形式はf(x, y, z)dxdydzの形の式が一例である. 積分されるものは関数ではなく微分形式と考えることがある. また置換積分の際にいわゆる「dxg'(t)dt」がよく現れるが, これも1微分形式である.

 

x微分可能な関数f(x)xa極値をとるときf'(a)0が成り立つ. af(x)の臨界点という. これは関数や微分形式を変数とする関数, つまり汎関数についても同様である. ヤン-ミルズ方程式は, ゲージ理論においてヤン-ミルズ汎関数の第一変分を0にする或る種の微分形式が満たす偏微分方程式である. 少しだけ詳しく言うと, 或るベクトル束(多様体の各点に多様体が乗った, 多様体の一種)Eに値をとる1微分形式の「共変外微分(微分作用素の一種)Dの随伴作用素D*(Eに値をとる2微分形式に対する微分作用素)とし, Eの接続(共変微分)から定まる接続形式から定まる曲率形式(Eに値をとる2微分形式に対する偏微分方程式

D*Ω0

である.

[]

逆に曲率形式から接続形式が, 接続形式から接続が定まる. ヤン-ミルズ方程式を満たす曲率形式から定まる接続が, ヤン-ミルズ汎関数の臨界点である. Eが具体的に何かは微分幾何の詳しい知識が必要なので, ここでは或る多様体だと認識して頂きたい.

 

「ヤン-ミルズ方程式の存在と質量ギャップ問題」については私も詳しくは知らず, ヤン-ミルズ方程式の存在からヤン-ミルズ理論の存在が言えるのか, よくわかっていない. 本来なら「ヤン-ミルズ理論の存在と質量ギャップ問題」かもしれない. またリーマン予想やナビエ-トークス方程式については数々の数学者たちの詳しい研究成果や本質的な具体例まで紹介したかったが, なるべく初等的な解説にしたかったので, このあたりにする. いつか日本人からミレニアム懸賞問題の解決者が現れることを願う.

 

(Twitterのプロフィールに載せているので, 便宜上すべてのタグを付けた. )

 

参考文献:

黒川『リーマン予想の150年』(日本評論社)

黒川-小山『リーマン予想のこれまでとこれから』(日本評論社)

岡本『ナヴィエ-ストークス方程式の数理』(東大出版会)

岡本-中村『関数解析』(岩波書店)

小川『非線型発展方程式の実解析的方法』(丸善出版)

小林『接続の微分幾何ゲージ理論』(裳華房)

2年前に書いた超関数超入門

f:id:PDEM:20200510201342j:plain

f:id:PDEM:20200510201405j:plain


厳密な定義より直観的なわかりやすさを優先したので多少論理に無理がある箇所があるのは許していただきたいが, 超関数(distribution)を連続線型汎関数と定義する理由をデルタ関数を用いて説明した. 超関数はデルタ関数とそれに関する演算の厳密化が発端なので, デルタ関数から超関数を説明するのが自然だし, 実際説明もしやすい. 連続性を課す理由, 線型汎関数と定義する理由もわかりやすいと思う. 多様体の理論も極めれば偏微分方程式の解の存在問題になり, 多様体上の超関数(カレント)が用いられている.


超関数に関する過去の記事も参照されたい:

https://pdem.hatenadiary.com/entry/2019/12/18/015341(偏微分方程式の弱解の構成に関する考察)

偏微分方程式の一意解の存在について

2016年1月31日に偏微分方程式の一意的な解を構成する方法を予想した.

全てのヒルベルト空間Hの双対空間H*はリースの表現定理によりHと線型同型かつ距離同型ゆえにH*=Hと見なしている上に, Hとしてソボレフ空間を選べばH*は超関数の空間である(後述)から,

与えられた偏微分方程式(P)に対して適当な可積分性や可微分性を定めたヒルベルト空間Hで(P)の解u∈Hが存在しそうなものを用意して, 適当な超関数としての連続線型汎関数d∈H*を定義しておいて, リースの表現定理により∃!v∈H, ∀φ:test function,〈d, φ〉= (v, φ) 

と表現するときに,

vが(P)の解 u=v であることを言えたら, ∃!u∈H, (P)の解を構成できたことになる. H*=Hだからuをdと同一視できるのでuは超関数の意味での解でもある.

または, 共役指数 1<p<∞, q, 1/p+1/q=1 に対してL^p空間の連続線型汎関数の表現定理を用いて, 開集合Ω上の超関数∂∈D*(Ω)⊃(L^p)*(Ω)としての連続線型汎関数∂∈(L^p)*(Ω)を定義しておく.

L^q(Ω)=(L^p)*(Ω)は, ヒルベルト空間Hと整合性を保たせたいなら, Hは適当な実数sによる可微分性を課してp=2としたソボレフ空間H=W^(s, 2)(Ω)⊆L^2(Ω)=(L^2)*(Ω)⊂D*(Ω)となるから, より広い関数空間L^q(Ω)=(L^p)*(Ω)⊂D*(Ω)の中で(P)の解∂∈L^q(Ω)を構成できるかもしれない. (ただし, 計量による性質:空間の直交分解可能性, 実数値の内積で任意の2つの元の成す角を定義できること, 正規直交基底の存在, などは失われる. )

以上の全ての関数空間Xに対して, D(Ω)がXで稠密であり, 関数列{φ_n}⊂D(Ω)のD(Ω)に入っている位相による収束を仮定すると{φ_n}がXに入っている位相により収束するので, ∀f∈X*⊂D*(Ω), fの連続性をD*(Ω)の位相により定めれば, X*は超関数の空間になる. (P)の解u∈X*を構成できて, 例えばX*=Xだとかuが或る程度滑らかなら, u∈Xにもなりうる.

現実にはuに数理科学や幾何学などから要請される, 例えば, 有界性u∈L^∞(Ω)や可積分性と可微分性u∈W^(s, p)(Ω)およびΩの境界の形状によるuの性質そして非斉次性などがXに反映され, (P)の解u∈X*(≠X)の構成は殆んど多くが困難なのだろう.

数学でいう数とは何か (2022.7.25.加筆•訂正)

以前の記事『数とは何か』と『「数とは何か」における用語について』の内容を取捨選択しまとめて, 再論してみようと思う. 以下の記述は『新訂版 数理解析学概論』による. この本については文末に付すリンク先にあるAmazonのレビューも参照されたい.

以下, かなり長くなるが, 段階ごとに読むか時間が充分ある時に読んでみていただきたい.

代数学では, ほぼ全ての数学の分野が
・集合
・その集合に定まる数学的構造
・集合と集合の間の数学的構造を保つ写像(要素の間の構造を保つ規則的な対応)
によって記述されている. このことは現代数学を学ばれている方々には周知の事実であろう.

『数とは何か』を考察するためには, そもそも現代数学において数学的概念がどのように定義されているかを見直さなければならない.

代数学では, ほぼ全ての概念が, おおむね
・何らかの方法によって構成されたか存在を仮定した集合の要素
・何らかの定理によって存在が保証された何らかの集合の要素
・集合と集合の間の然るべき性質を持つ写像
によって定義されている. ここでは, ひとつめとふたつめの考え方に従うことにする.

誰もが無理数を学んだ時に『循環しない無限小数は本当にあるのだろうか』と思わなかっただろうか. 高校数学の範囲内で√2が無理数であることは証明できても√2が実数であることは高校数学の範囲では厳密に証明できない. ひとつの理由は『数』が未定義だからである. また, 複素数を学んだ時に虚数単位iの導入によっては複素数が受け入れ難い概念ではなかっただろうか. これもひとつの理由は『数』が未定義だからである. しかし『数』を厳密に定義することは, 以下にも述べるようにひとことで表せる物ではない. 高校数学の検定教科書と学習参考書には, せめて定義の不備と数の定義の難しさを明記するべきであり, 内容によってはコラムで紹介すべきであろう. しかし数学教育の話は今回はさておき, 数とは何か, 私が考えた数学的な答えを書いていこうと思う.

まず集合を厳密に定義しなければならない. しかしそれを完全に述べるより本質的な考え方のみを述べるほうがわかりやすいであろう.

集合は, 直観的に言うと『範囲が明確な物の集まり』である. しかしこの定義からは集合論においていくつもパラドックスが発生した.『普通の数学』をする上では困らないものだが, 今回はこのパラドックスに関わる公理と概念を必要とする. つまり, ここでは集合は『集合という概念が満たすべき性質を挙げたいくつかの前提を認めることにして』公理的に(いくつかの性質を満たす物として)集合を述べたい. 有名なものは, ZF公理系とそれに選択公理を付け加えたZFC公理系, およびZFC公理系に類の公理を最初に付け加えたものと同値なGB公理系である. 話を簡単にするためにZFC公理系について, その中からいくつか抜き出して, 本質にある考え方を述べてみよう.

・要素が同じ集合は等しい(外延性公理)
・要素を持たない集合が存在する(空集合の公理)
・任意のふたつの物に対してそれらだけから成る集合が存在する(非順序対の公理)
・任意の集合族(要素が集合である集合)に対してその全ての要素の和集合が存在する(和集合の公理)
・或る無限集合が存在する(無限公理の本質)
・任意の写像について, 定義域が集合ならば, その像は集合である(置換公理の言い換え)
・任意の集合は自分自身を構成に含まない(正則性公理の本質)
・任意の集合に対してその全ての部分集合から成る集まりは集合である(冪集合の公理)
・任意の集合族で, その全ての要素が空集合ではなく互いに素である物に対して, その集合族からひとつずつ要素を選び出して作った集合が存在する(選択公理

細かい説明はあえてしないが, これらを認めると, 例えばふたつの集合または集合族の全ての要素に対する和集合の存在や共通部分の存在あるいは直積集合の存在や点列の構成などの正当性が保証され, 現代数学において暗黙のうちに前提としている集合に関する操作が正当化されるのである.

次に数とは何か考えるために必要な数学的構造の説明をしよう. 以下でも厳密性は追及しない.

空でない集合S上の関係Rとは, Sの任意の要素 a, b に対して, 組(a, b)が満たすか満たさないを判定できる規則Rのことをいう. (a, b)がRを満たすときaRbと書く. 例えばSを平面図形(或る平面上の点の集合:線分・直線・三角形・四角形の周と内部の和集合・円板など)全体の集合Pとするとき, Pにおける関係として相等関係=や合同関係≡あるいは相似関係∽や包含関係⊂がありうる.

空でない集合Sに定義された関係Rが順序関係または単に順序であるとは, Sの任意の要素 a, b, c に対して
aRa は成り立たず,
aRb かつ bRc ならば aRc(推移律)
を満たすことである. 例えば上の例でPにおいて真部分集合の包含関係⊂は順序関係である. また後述の自然数全体の集合Nにおいて大小関係<は順序関係である. 順序が定義された集合を順序集合という.

順序集合Sにおける順序関係Rが, Sの任意の要素a, bに対して
aRb または bRa または a=b
ときRはSにおける全順序関係または単に全順序という(この場での定義であり一般の物とは異なる). 全順序が定まっている集合を全順序集合という. またSを全順序集合とするとき, Sの任意の空でない部分集合が最も小さい要素を持つならば, Sは整列集合であるという.

また, 順序の推移律とはことなるが, 集合Sが推移的であるとは, B∈S, A∈BならばA∈Sとなることである.

ここで空集合の公理と外延性公理により一意存在が保証されている空集合{}を用いて自然数を直観的に構成する方法がある. 後の都合上この定義を選ぶ. これは非順序対の公理と無限公理を表に出すように書けば以下のようになる:

0={}, 1={0}, 2={0, 1}, 3={0, 1, 2}, ….

0∈1∈2∈3∈…, つまり任意の自然数 n に対して m∈n, ℓ∈m ならば ℓ∈n. すなわちNは推移的である. またNの∈についての任意の空でない全順序部分集合は∈について最も小さい要素を持つ. 例えばNの部分集合{1, 2, 3, 5, 7}は∈について1が最小の要素である. これらはまさに順序数が持つ性質である. 

空でない集合αが∈を順序関係とする順序集合であり, αが推移的かつ∈についてαが整列集合であるとき, αを順序数という.

また先述の選択公理は次の整列可能定理と同値である:

任意の空でない集合は適当な順序により整列集合とすることができる.

任意の整列集合にはただひとつの順序数が対応しその整列集合と「順序同型」となる.

整列可能定理を演算(和, 積, 定数倍, など)の定まった集合に適用するとき, この順序はその演算と整合性のある物とは限らず, また具体的に論理式で記述できるとも限らない. しかし整数全体の集合Zにも, 有理数全体の集合Qにも, 実数全体の集合Rにも, これらが整列集合となるような順序が定められるのである(それは大小関係とは異なるが).

そしてQの切断全体の集合とするRの構成は, 順序数の基本的な性質と並行しているのである. 例えばQの切断αの定義に含まれる或るひとつの条件は整列集合Sの切片Bの定義に類似している. 上では<をSの順序, 下では有理数の大小関係とする時, 
[ x∈B ∧ y∈S, y<x] ⇒ y∈B
[ r∈α ∧ s∈Q, s<r] ⇒ s∈α (他に2条件がある)
有理数rから成る主切断r*と有理数の同一視は, αが順序数でx∈αならばx={y∈α | y<x}={y∈α | y∈x}であることを基にしているように見える.
r*={p∈Q | p<r}
Qの切断によるRの構成については『新訂版 数理解析学概論』のレビューにて言及しておいたのでそれを参照されたい. 複素数や数ベクトルが実数の組であることを考え, またこれらも物理量などを表す数と考えると, 結局, 数とは順序数と類似した概念またはその組と言えるのではなかろうか. 実数全体の集合Rは順序数のような物として構成できる. その要素つまり実数は順序数にはならないが順序数と良く似た性質を持つのである.

(2022年7月25日追記)
この考えに関して, 超現実数という概念が存在するようである. また, 順序数についての和と積は交換法則を満たさない. そこについても, 順序数と実数とは異なる. またいくつかは一般の順序集合で成り立つ性質のようである.

私の最近の研究でも, 物理量を表す数には必然的に実数が表れることがわかった. やはり順序数の概念が数とは何か答える上で重要なのは間違いないであろう:https://pdem.hatenadiary.com/entry/2022/01/21/090916 .
『新訂版 数理解析学概論』

いくらでも抽象的な概念が存在する

概念という概念は抽象的である

「「概念という概念」という概念」は抽象的である

「「「概念という概念」という概念」という概念」は抽象的である

「「「「概念という概念」という概念」という概念」という概念」は抽象的である

以下数学的帰納法により無限に抽象的な概念を構成することができる

齋藤正彦著「線型代数入門」のレビューと解説と体験談

昔から度々参考にされている. その理由は少しずつ話していきたい.

 

この本では太文字を集合や線型空間に使い, 行列や写像は普通の文字で書いているところが個性的である.

 

「明らか」でないとか, 説明が短くて, 分かりにくい所も有る. 紙面に書き込んで考えないと理解できないことも有る. 初学者向けではないかもしれない.

 

しかし, そうすると多い必須事項を1冊にまとめられる. 「本文に無い論理を補う」「本文を助言として他に考える」「著者とは別の発想で理解する」ことで得られる数学的思考力は, 数学を学び研究していく上で必須になる. これらもいずれ楽しくなる. 無理数や不等式の概念が存在不可能なこと, ベン図による集合と論理の循環論法があり, 実は多く有る集合の例を集合と明記しないこと, などの論理的危険性に満ちた教育数学を考えると, 本当の数学への架け橋として候補に入れるのもいい.

 

私はこの本で理論線型代数の基本を納得して, 専門書に慣れた面がある. かつての私のように, 初級者には専門書への入門としてもいいと思う.

 

著者が言う「入門」とは「私からすると内容は多すぎず線型代数の入門程度である」という意味であろう. 確かに佐武「線型代数学」や足助太郎氏の本よりは内容は平易で少なくて, 必要最低限は書かれてあり, その意味で比較的読みやすいと感じた. いくつかは飛ばしてもよい旨が前書きにある.

 

著者は, 当時は時代の流れで少なかった線型代数の本について, 前書きで「線型代数の入門書は, 数学的な考え方に慣れさせ, 代数学の構造の理解を深めさせると同時に, 線型代数に固有の技術を身につけさせるものでなければならない」と宣言して, この本を書いたようだ. 確かに行列を発見的に定義して, 予備知識としては初学から読めるが, 薄い本に多くが詰め込まれているから, 今の時代にとっては「予備経験」を積ませて上級者になるために向けていることを前提としている.

 

しかし当時は線型代数の入門書は「これしかなかった」のだ. 高木「解析概論」や伊藤「ルベーグ積分入門」も同じ背景がある. しかも, 2次正方行列の四則演算と連立1次方程式および行列の表す線型変換が, 高校数学で学ぶとは限らないこと(複素平面と交代していること)にも配慮している. (私も高校生時代に古い何冊かの参考書で確かめた. )

 

それで昔から語り継がれてきた. 幾多の人々が本書で学んで思い出が生まれ, 自然に高い評価が付いているのだろう.

 

第1章で2次元や3次元の高校数学程度の幾何ベクトルと行列を図説している. 受験数学のベクトルではなく幾何学のベクトルであり, 例や問は解法理論の問題ではなく, 数学で意味を持つ難しくないものである.

 

2次元や3次元の幾何ベクトルの正射影は, 正規直交化や正規変換のスペクトル分解の意味を理解するために欠かせない. これら全てが同時に有る本は他にないだろう. 実は無限次元計量線型空間の直和分解の意味と証明の理解にもつながる. 特に3次元の幾何ベクトルの正射影は, 他の本で見たことはない.

 

2次や3次のベクトルと行列と行列式を幾何的な意味と面積や体積(すなわち測度)の意味で理解するのは, n次元の場合と, 線型独立性の幾何的または測度的な理解, 積分ヤコビアンによる変数変換の測度的理解に必須である. 変数変換の公式の証明は精確な証明が簡単ではないのだが, 2変数と3変数の場合は本書の意味を込めて考えると納得がいく. しかも, 行列式を他の本よりも最低限だけに絞り短くまとめている. 煩わしい概念の説明が煩わしく感じなかった.

 

この本も参考にした私の2009年5月からの研究成果では, 全ての(この本なら行列式の章の章末問題にある)巡回行列は行の入れ替えで対称行列に変形できる.

 

☆ (昔は線状空間とも呼ばれた)線型空間の例が「これ以上は無いのではないか」と思うほど多く挙げられている. 他には確率空間における確率変数の成す集合があり, 期待値を対応させる写像線型写像である. 漸化式や微分方程式, 解法の背景を述べているのは味わいがある.

 

線型写像T:V→V'の像

T(V){ y | yV' , 或るxVに対してyTx}

{ Tx | xV}

V'線型空間であること:

任意のy_1, y_2T(V)に対して, 或るx_1, x_2Vが存在して, y_1Tx_1, y_2Tx_2, よってa, bKに対して

ay_1by_2T(ax_1bx_2)T(V).

T^(1)(o'){ x | xV, Txo' }

V線型空間であること:

x_1, x_2T^(1)(o')ならば

T(ax_1bx_2)

aTx_1bTx_2

ao'bo'

o'

ゆえにax_1bx_2T^(1)(o')だからである.

 

なお, (k1)項間定数係数線型漸化式 x_(nk)(a_(k1))(x_(nk1))(a_1)(x_(n1))(a_0)(x_n)0 (a_0≠0, n0, 1, 2, 3, …) により, 一般項 x_n が定められる数列 {x_n} の成す線型空間S, 与えられたxの関数y i 微分して(0ik1)できるy導関数 y^(i) (y^(0)y), xの関数( a_0 は恒等的に0ではないとする) a_i y^(i)をかけて足してできる新しい関数 y^(k)(a_(k1))(x)y^(k1)(a_1)(x)y'(a_0)(x)y を対応させる線型写像 D による, 微分方程式 Dy0 の解の成す線型空間Fの次元が, 共にkであること, Sについては項を先へ1項ずらす線型変換 T:{x_n} → {x_(n1)} , Fについては定数係数とした場合の線型変換 D':y→y' (実は両者は同じ)表現行列の求め方を, 本文より分かりやすく考えることができた. 理論的に重要なので後に紹介しておく.

 

そして142頁の「(n次元)ユニタリ空間Vの正規変換Tの相異なる固有値に対する固有ベクトルは互いに直交する. β_1, β_2, … , β_kTの相異なる固有値として, W_1, W_2, … , W_kを対応する固有空間とすれば, それらは互いに直交して, VW_1, W_2, … , W_kの直和である」という定理の証明がヒント程度だが, 証明したので下に書いておいた.

 

線型空間の基底を「その線型空間を張る順序づけられたベクトルの集合」と明確かつ正当に定義している. これは後に述べる上記定理の証明や関数解析に整合性がある(無限個なら線型結合の極限だから).

 

有限次元と仮定して, 線型空間の次元が1通りに定まることの連立1次方程式を使わない証明もあり, 連立1次方程式が無くても線型空間論を展開できるようにしている. 「座標系によらない理論を作る」ためである. 多様体論と同じく数学の理論の座標系からの独立は, 数理物理学でも重要である. この命題は他の本に無い.

 

しかし, 連立1次方程式による証明では, 第1段と第2段のmnは別物であり, 第1段の結論を対偶にしてから同じmnで再論しなければならない. n個より多くm(n)個のベクトルが線型従属だからm(n)個のベクトルは線型独立である, と結論できるから, mnを入れ替えて第1段と同じ論法によりm個より多くn(m)個のベクトルも線型従属, ゆえにn(m)個のベクトルは線型独立である. これらからmnが従う」ことを示すのと「mnにおいて『mn』ではなくmnである」ことを示すのは同じことである. こうすれば第1段と同じ意味の記号で表記されたmnで証明したことになる. 他書はこの論法のようである.

 

線型写像の表現行列や, 基底の変換, 基底の変換による線形写像の表現行列の変化の説明に, 写像の図式を用いていて視覚的にも分かり易い. 言葉だけだと伝わりにくい内容を視覚化しているのはこの部分だけではないが, 写像の図式を載せている線型代数の入門書の中で和書としては, この本が最初である. この意味でも名著と呼ばれている.

 

本文にはないが, 確率行列と, 特定の形の線型写像でベクトル(特に関数)に数値を対応させる線型写像の成す線型空間である双対空間と, 或る意味でひとつの部分空間と同値な部分空間の成す線型空間である商空間を, 短くまとめている. 双対空間と商空間は実解析と関数解析において重要で, 実解析では, 斉次ベゾフ空間と斉次トリーベル-ゾルキン空間の定義のために両方が同時に表れる(澤野べゾフ空間論」, 小川「非線型発展方程式の実解析的方法」参照). 微分幾何においても線型空間テンソル積が重要で, その構成に双対空間または商空間の概念が用いられる. また線型空間テンソル積は代数学において加群テンソル積の理解の補助になる(藤岡「手を動かしてまなぶ 続・線形代数, 村上「多様体 2版」, 小林「接続の微分幾何ゲージ理論」参照).

 

この本で正規変換のスペクトル分解と正則線型変換の極分解まで読めば, 量子力学の基礎であり数理経済学にも応用があって, 偏微分方程式論で不可欠な関数解析線型代数が由来の部分は理解しやすい. この本で谷島「ルベーグ積分関数解析」の旧版と新版における内容の誤りや有限次元の場合との類似に気づくことができた.

 

かつて, 双対空間と商空間とスペクトル分解の全てについて書かれた絶版でない本は, 私が読んだ範囲では, この本と佐武「線型代数学」と足助「線型代数学」しかなかった. 今では, 手を動かしてまなぶ 続・線形代数」もあるが, これらの中では難易度としても分量としても最も読みやすい.

 

関数解析のスペクトル分解は, 無限和であっても同様な式で表わされるが, ルベーグ-スティルチェス積分でも表される. 数え上げ測度によるルベーグ積分(=和)の場合を例として知っておけば理解しやすい. スペクトル分解は量子力学にも応用がある. スペクトル分解は正規直交化と同じ図で説明できる. 自己共役でコンパクトな線型変換は無限和により, 一般にはスペクトル測度による積分により, 分解される. 計量線型空間Vの線型変換T固有値 λ_i 固有ベクトル u_i から成る正規直交基底〈u_1, … ,u_n〉で展開TxΣ_i λ_i(x, u_i)u_i したときに, 自然に射影子 P_iVx→(P_i)x(u, u_i)u_iW_i が含まれている. ゆえに線型変換Tのスペクトル分解 TΣ_i λ_i P_i . これは, TxΣ_i c_i u_i とすると λ_i xΣ_i c_i u_i でありj≠iならば(u_j, u_i)0 だから各iに対してu_iを右から内積させて λ_i(x, u_i)c_i となることによる.

 

ちなみにかつての大学入試や数検準1級では行列の対角化やスペクトル分解を材料にした問題が何度か出題されていた.

 

ジョルダン標準形の単因子による説明は, 著者自身が分かりにくさを認めていているが, 多項式の整除性は代数学やそれを用いる多変数複素解析で大切だから, 数学徒には悪くない. しかしジョルダン標準形の部分だけ, 別の本や資料で学ぶのもいいと思う. 計算方法だけなら簡単である. 代数学については, 例えば, 堀田「代数入門 群と加群, 多変数複素解析については, 例えば, 倉田「多変数複素関数論を学ぶ」参照.

 

ベクトルおよび行列の解析的取扱いは, 微分幾何, 微分方程式, 位相空間, 関数解析へとつながる.

 

付録に有る, ユークリッド幾何の公理系, 実数体Rと複素数体 の構成は参考になる. ここまで書いてある本は他にない. ここだけでも読む価値は高い. Rの構成を読む補助は後に紹介しておきたい. Rの構成や, 本文にもある, 集合Aの同値関係〜によるxAの類[x]={ y | yA, yx}と商集合

A/〜={ [x] | xA}

および写像T:A→BA'Aへの制限T_A':A'x→T(x)T(A)も含めて, 松坂「集合・位相入門」, 庄田「集合・位相に親しむ」, 森田「集合と位相空間」も参考になる. これ()と同時並行で数学に慣れるのも得策だろう.

 

そして, この本や佐武氏の本でもそうだが, 多くの本では, 線型空間の公理系で, 零ベクトルoや逆ベクトルの一意性を仮定することがある. しかし実は公理系だけから両方とも存在すれば一意的であることがすぐに分かる:

 

o, o'が零ベクトルならば

o

oo' (o'は零ベクトルだから)

o'o (交換法則)

o' (oは零ベクトルだから);

 

xに対してx'x''xの逆ベクトルならば

x'

x'o (oは零ベクトルだから)

x'(xx'') (oxx''だから)

(x'x)x'' (結合法則)

ox'' (x'xの逆ベクトルだから)

x''o (交換法則)

x'' .

 

また, 部分空間Sの定義で線型演算の可能性を保証する「oS」または「S空集合でない」が明記されていないときもある. この本では部分空間は空でないと明記している. Sが空でなければxSが存在し, ゆえに, xSだからox(x)S. 逆にoSならばSには元oが存在するからSは空でない.

 

(かつての私のように)もっと初級者向けの本を読みたいと感じたら, 例えば, 岩波「キーポイント 線形代数」「高校数学なっとくの線形代数」が助けになる.

 

著者により, 行列の階数の5つの定義が矛盾なく両立している(行列の階数の5つの定義がwell-difinedである)ことが証明され, それにより基本変形を核にして連立1次方程式の理論と解法を同時に述べているのは, 当時にとっては画期的で, その後の線型代数の本はこの本を手本とされたので, その意味でも名著と呼ばれている.

 

線型代数の本を読む時に便利な方法を紹介したい.

 

線型空間Uの基底(base, basis)BとはUに含まれる線型独立な元の順序を考慮した集合(または組あるいは列)Uの任意の元はBの元(Bの成分あるいはBの各々のベクトル)の線型結合で表わされることをいう.

 

基底B=〈v_1, v_2, …, v_n とBの元を横に並べてできる行列もどき (v_1, v_2, …, v_n) を同じ記号Bで表わし同一視すると,

 

Gの元 g_1, g_2, …, g_k の定数 x_1, x_2, …, x_k による線型結合は内積もどきで

 

x_1 g_1 x_2 g_2 x_k g_k  Gx

 

と考えることができる.

 

行列P(p_ij)による基底の取り換えEFは行列の積もどきと f_jΣ_[i:1→n] p_ij e_i より形式的に

 

F=(f_1 … f_j … f_n)(e_1 … e_i … e_n)(p_ij)

 

すなわちF=EPと表わされ,

 

Eを基底とする線型空間VからFを基底とする線型空間Wへの線形写像Tの表現行列A(a_ij)に対して, TE=(Te_1 Te_2 … Te_n) と定義すると, 行列の積もどきと Te_jΣ_[ i1→m] a_ij f_i から形式的に

 

TE(Te_1 … Te_j … Te_n)(f_1 … f_i … f_m)(a_ij)

 

すなわちTE=FAであり,

 

Tの線型性

 

T(x_1 g_1 x_2 g_2 x_k g_k) x_1 Tg_1 x_2 Tg_2 x_k Tg_k T(Gx) (TG)x

 

と見なすことができる.

 

これを使うと線型代数の本は読みやすく解きやすくなる. (具体例の計算では両辺を転置することがある:縦に並べて i j を入れ換える. )

 

数列空間Sの元{x_n}の第n x_n , 漸化式にn0, 1, 2, 3, …を代入して, x_(nk)について解くと, 最初のkx_0, x_2, … , x_(k1)を定めれば, x_(nk)は適当なk個の数列の線型結合の項であることから分かる.

 

{x_n}(c_0)y_0(c_(k1))y_(k1)と表示するためには, 数列 y_0{1, 0, 0, …}, … , y_i{0, 0, … , 0, 1(i番目), 0, 0, …}, … ,y_(k1){0, 0, … , 0, 1(k1番目), −a_(k−1), …} (k番目以降は漸化式から定まる)y_i (0ik1)とすると最も簡単であり, 例えば

E=〈 y_0, y_1, … ,y_(k−1)

Sの基底となる. ゆえにSの次元はkである.

 

Fの次元もkであることについて. 本文にもあるように, 与えられた実数 b_0, b_1, … ,b_(k1) に対してy^(i)の値を (y^(i))(0)b_i と定めることができる解yが一意的に存在する. そこで関数f_i (i0, 1, …, k−1)(f_i)^(j)(0)δ_ijを満たす解と定める.

 

Dの線型性により定数 c_i を与えたとき Σ_i c_i f_i Dy0の解であり,  Σ_i c_i f_i 0 とすると(f_i)^(j)(0)δ_ijよりc_i0が得られるから, f_i (i0, 1, …, k−1)は線型独立である. yの一意性よりyf_iの線型結合として或るc_iを用いてyΣ_i c_i f_iと表されるから, Fの次元もkである.

 

ちなみに偏微分方程式の解の空間は無限次元空間である.

 

1項先へずらす線型変換T:{x_n} → {x_(n1)}の表現行列A, 上の基底を取ることによる同型対応(114頁参照)S^k:{x_n}→(x_0, x_1, …, x_(k−1))^tを用いると

 

T({x_0, x_1, …, x_(k−1), …})

{x_1, x_2, … , x_(k1), x_k, …}

 

{x_1, x_2, … , x_(k1), (a_(k1))(x_(k1))(a_1)(x_1)(a_0)(x_0), …}

 

{x_1, x_2, … , x_(k1), (a_0)(x_0)(a_1)(x_1)(a_(k1))(x_(k1)), …}

 

←→ (x_1, x_2, … , x_(k1), (a_0)(x_0)(a_1)(x_1)(a_(k1))(x_(k1)))^t

(同型対応による同一視)

A(x_0, x_1, …, x_(k−1))^t

 

から本文のTの表現行列Aが現れる.

 

関数空間Fの場合も(定数係数の場合の)Dy0の解(空間の元)yを用意して {x_n} yに変えて, 同型対応ker(D)y→(y(0), y'(0), …, y^(k−1)(0))^kを考えればよい. するとD':y→y' , 上と同じ表現行列A(対角成分は全て0, 1列目とk列目以外の対角成分0の上の成分は全て1, k行目は((a_0) (a_1) … (a_(k1)))でありこれら以外の成分は全て0の行列)が得られる.

 

これらの同じ表現行列は, 数学の応用分野でコンパニオン行列と呼ばれている.

 

142頁にある上述の定理の証明.

 

V, T固有ベクトルから成る正規直交基底を([1.2]と[2.4]より確かに存在する)E=〈e_1, e_2, … , e_n〉とする. T固有値 β_1, β_2, … , β_k (1≦∃kn)に対応する固有ベクトル, 1ikに対してa(i)個あるとしておく. β_i (1ik)に対応するT固有ベクトル e_i (1a(i))から成るVのベクトルの集合を

 

B=〈e_11 , e_12 , … , e_1a(1) , e_21 , e_22 , … , e_2a(2) , … , e_k1 , e_k2 , … , e_ka(k)

 

=∪_(i1, 2, … ,k) e_i1 , e_i2 , … , e_ia(i)

 

=∪_(i1, 2, … ,k)B(i)

 

とする. B⊆E, かつ, Eの任意の固有ベクトルは或るB(i)に属するゆえE⊆B, だからB=E.

 

EがVの正規直交基底だから, β_i に対応する固有ベクトル e_i1 , e_i2 , … , e_ia(i) から張られる部分空間W_i の基底B(i)⊆B W_i の正規直交基底である. また, i≠jならばB(i)∩B(j)={} であるからV W_i の直和:

 

VΣ_(i1, 2, … ,k)W_i ,

i≠j ⇒ W_i ⊥ W_j

 

となる

 

W_i

 

{ c_i1 e_i1 c_i2 e_i2 c_ia(i) e_ia(i)

 

| c_i1, … , c_ia(i):定数 }.

 

これで証明できた. この定理は正規変換(コンパクトな自己共役作用素)のスペクトル分解の根底である.

 

実数の有理数からの構成では { |a_m a_n| }_(m) がコーシー列(A)であることを, 複素解析以外では必ずしも周知されていない三角不等式

| |a||b| ||ab|

を既知として説明している.

 

これは

|a||(ab)b||ab||b|, |b||(ab)(a)||ab||a| |a||b||ab|, |b||a||ab| 」または「|a||b||ab| においてbに-bを代入して |a||b||ab|, abを入れ変えて |b||a||ba||ab|

による.

 

ついでに, よく知られているほうの三角不等式

|ab||a||b|

と合わせると, 解析学でも便利な三角不等式

| |a||b| ||a±b||a||b|

が得られる.

 

本書を読む時や線型代数を学ぶ時に参考になれば幸いです. 読んでいただきありがとうございました.

(20221219日最終推敲. )